寒い時期に走りながら息を吸うと、肺が痛む。

その頃の私にとって、痛いのは肺だけじゃなかった。でもこの痛みを誰がわかってくれる?何が癒してくれる?誰も何も、私を救えない。涙の理由は、自分にもわからない。そんな風にふさぎ込む高校3年生の私を引きずり出してくれたのは、ほかの誰でもなく“さつき”だった。

吉本ばななさんの著書“ムーンライト・シャドウ”の主人公である彼女は、恋人“等”を亡くしたばかりの大学生。暗く深い夜を耐え忍び、早朝にランニングをしてから眠り、等の弟である“柊”と心の傷を分かち合って日々をやり過ごしている。しかしある日突然やって来た“うらら”との出逢いを経て、自分の人生を変えていく。冬という言葉を聞くと、自分の記憶のようにこの物語を思い出す。そして高校3年生の自分も。

私はさつきと共に泣き、共に悲しみを胸に刻んだ。希望を知り、未来を見つめた。広いようで狭い現実の世界よりも、小さな文庫本の方がずっとたくさんのことを教えてくれた。これからどんなに悲しいことがあったとしても私は生きて行ける。当時18歳の私は、これから起こる悲しい出来事を受け入れる覚悟をした。

もちろん未来の悲しみなどわかるはずがない。今までの悲しみさえそうだったのに。覚悟をしただけでも立派だと思う。さつきと共に泣いたとしても、私の涙と彼女の涙は別物だ。私には私の悲しみが待っているってこと、この心がわかっていた。どこまでも続くかのように見える川が海に繋がるように、悲しみは自分の一部となる。

本を読む面白さを知ったのも、高校3年生の冬だった。今よりもその面白さを知らなかった頃の私の方が、ちゃんとひとりぼっちだったんだろうと思う。心の拠り所がなかった。それを“友達”にしてしまうのは、正直少し心細く感じていた。友達が失恋して泣いている時も、私の話を聞いて笑ってくれている時も、私の全てを差し出せなかった。心の中の薄い膜をぶち破る勇気がなかったし、自分を守ることに必死だった。私は一体、誰と戦っているんだろう。

目の前で泣いたり笑ったりする友達じゃないことは確かだ。私は彼女たちを、私なりにとても大切に思っていた。薄い膜の中で、この気持ちが伝われば良いと祈っていたのに。見えない敵が、私をひとりにした。けれど本の中で生きるさつきが、私をひとりにしなかった。まるで“私みたいに”ちゃんとひとりぼっちなさつきは、柊にこんなセリフを言ってもらう。

「ひとりで、そんなにどんどんやせて、熱が出るまで頭を悩ませてはいけない。そんなひまがあったらワタシを呼び出しなさいよ。遊びに行こう。会うごとに、どんどんやつれていくのに人前では平気にしているなんて、エネルギーの無駄遣いだ。等と君は本当に仲良しだったんだから、死ぬほど悲しいんでしょ。あたりまえでしょ」

「確かにワタシはまだ若いですし、セーラー服着てないと泣きそうなくらい頼りになんないですけど、困った時は人類はきょうだいでしょ?ワタシは君のことをひとつふとんに入ってもいいくらい好きなんだから。」

私も大切な友達に心を捧げたい。温かい優しさをそっと差し出してくれる友達に泣きついて、面倒だと突き放されるぐらい距離を縮めたい。でも、当時はできなかった。それは柊が現実の世界にいないからでも、友達を信頼できないからでもなく、私が臆病だからだった。

それでもとびきりのプレゼントを私にくれた友達がいる。S、あなたの話をさせてもらうよ。

私はこんな調子だったから、胃を悪くすることが多かった。弱い自分に嫌悪感を抱きながらも、学校を休めることが少し嬉しかった。ある日、Sが心配そうに私の顔を覗き込みながら渡してくれた手紙には、“胃に優しい食べ物をむしろ楽しんじゃおうプログラム”と書いてあった。私の心に初めての音が鳴るのを感じた。それを言葉で表現することは到底できなかったけれど、まるで母親のお腹の中にいるような安心感を得られた。彼女に心配をかけたくない、彼女のために頑張りたい。頑張れるかな、頑張らなきゃ。「ありがとう。」この言葉では足りないほどの感謝で胸がいっぱいだった。

けれど今になって気づく。言葉だけでなく、彼女の家にお邪魔して手紙に書いてくれていた食べ物を一緒に食べながら、丸1日寝させてもらったって良かったんだ。あんな手紙を私にプレゼントしてくれる彼女なら、弱い私を快く受け入れてくれただろう。受け入れようと私に向き合ってくれているのに、なかなか向き合うことが難しかった。弱いからこそ、上手くやれなかった。もどかしいな、不器用であったばかりに。

私をひとりにしなかったさつきが悲しみを教えてくれたように、Sが強さを教えてくれた。それは読み取るのではなく感じとるものであったから、私は徐々に世界を広げていくことができている。優しい気持ちでおしゃべりをすることがこんなにも私の心を満たしてくれるってこと、気づかせてくれてありがとう。

今年も冬が来た。もうどこにも薄い膜は見当たらない。胃を悪くした時には何を食べれば良いか知っている。走りながら息を吸って傷むのも肺だけだ。

吐く息は白い。私の思春期は永遠に、この白さに隠れて存在し続けるß。涙の理由も、わからぬまま。


Kotono Utsunomiya
BGMzineの編集長としてzineを作っています。ガールカルチャーを敬愛。ライターとしてご飯を食べていくことが目標。趣味は映画館で映画鑑賞。