気づいたら暗くなるのが早くなって、風が冷たくなってぼんやりと感じていた「そろそろ冬」が、もう「急に冬」。寒い寒いと、肩を寄り添いあって歩くカップルも素敵だし、あったかそうなお揃いのマフラーを巻いて手を繋いで歩く親子も素敵、ほっこり。私は?私は、といえば、一人ぐるぐる巻きのマフラーに顔を埋め、カサカサの手をポケットに入れてぽっつり歩く、寒さで肩をあげながら。一人で。…一人で?そう一人で。この時期になるといつも隣で歩いてくれる誰かが恋しくなる。

小さい頃は、三つ下の妹と手を繋いで、「手冷たいね」なんてはしゃぎながら本当に寒いのか?とおかしいくらいほっぺを真っ赤にして。中学生になれば、同じ部活の友達と、一時間半かかる通学路、白い息を吐きながら自転車漕いでたっけ。高校生、まだつくな、つくなと思いながら、当時付き合っていた彼氏と帰ったことも良い思い出。まだ帰りたくないから、遠回りして帰ったり、カフェやコンビニに寄り道したり。懐かしい…あの頃好きだった人、今も元気かな。そういえばYUIが好きだったな、久しぶりに聞いてみようかな…

冬だからだろうか、最寄駅から一人暮らしのマンションまでたった5分なのに、今まで私の隣にいてくれた人、大事な人、大好きだった人のことふつふつと思い出して、ものすごく長い帰り道になった。

上京して一年、田舎から出てきた私にとって東京の街はどこもキラキラして眩しくて、私もこのキラキラの住人になったのだと思うと、ちょっとだけ胸を張れたし家族や友達にたくさん自慢した。インスタにもたくさん投稿した。でも、初めてのキラキラは、ちょっぴり私には眩しすぎて、知らない街、知らない人の中で、急に一人っぽっちだと感じることもあった。足早に歩いていく人、置いていかれる私。急に恋しくなった、今まで当たり前にそばにあったもの、人、景色。初めて東京で過ごす冬は、一人には寒すぎたし、たった6畳の部屋も、一人には広すぎた。私はこれから一人で、ずっと一人で冬を迎えるのかとキュッと何かに締め付けられる感覚があった。

初めて気づいた、当たり前の大事さ。大事だからってしまいすぎて忘れていた。しまっていたものを丁寧に一個づつ開いていくと、私は独りじゃなかった。私は一人だけど「独り」ではないということに気づいた時、心がふわっと軽くなった。誰も独りではないんだ。当たり前に気づけた時、そのことに気づける。前大事だったものとの思い出が、ちゃんと「思い出」として残っているのならそれは「今も」大事なもので、自分は独りではないことを証明する証になると思う。

…と。冬だからって考えすぎた。ちょっとクサいことを書いてしまった。らしくもない。冬のせいにしてしまおう。

とにもかくにも誰かと隣あって歩くことだけが、温める方法ではなさそうだ。誰かとの記憶を思い出し、懐かしむ。あの人元気かなあって誰かを思う。そしてその「誰か」の大切さに気づく。

思い出から派生する思いはどれもきっと、あったかい。

私は今日も、いろんな冬を思い出しながら歩いて帰る。いろんな冬を思い出して、誰かを思って歩いて帰る。そんな冬も悪くない。これも私にとっては新しい冬。いつかまたこの冬を思い出しながら帰る冬も来るのかもしれない。

私は今日も一人だけど「独り」じゃない。でも来年は、来年こそは私の隣を一緒に歩いてくれる「誰か」がいる冬になったらなあ、なんてね。

サナ
二十歳、大学生。文学部。趣味は読書、音楽、ファッション、カフェ巡り。
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