郵便受けにチラシがたまってきた。手に持っている買い物袋には、野菜ではなく、茶色い惣菜。部屋の鍵を開けて中に入っても、冷たい空気は変わらない。世の中の嫌な部分も簡単には変わらない。暖房をつける。さっき買った惣菜をレンジに入れて、身につけているアクセサリーを外しながら部屋の隅に目をやると、これもアートと呼んでいいのではと思うほど無造作に積まれた服。余裕がなくなりかけている。冬だ。

サンタクロースが来なかったクリスマスの記憶の方が多くなった。今年もきっと来ないのはわかっているけれど、もしもプレゼントを頼むとしたら何がいいかな、と、くだらないことを考えてみる。1秒の何分の1かの速さでお金と浮かんでしまう自分に嫌気がさすのでやっぱりやめた。大人になれたのかもしれない。クリスマスのプレゼントというと、手のひらサイズのすべすべとした箱にサテンのリボンが巻かれていて、中にはとんでもなく高いものが入っているものをイメージしてしまうのも大人になったからだろうか。

小さな頃から、女性はか弱くあるべきで、なんでも完璧にできない方が良いという根拠のない空気をうまく吸い込むことができなくて、息苦しさを感じることがある。わたしの周りでは、男の人は多くの能力を持っているほど羨望の眼差しで見られるのに、女性が男性より優れた能力を持っているとなぜか距離をとられ、時には嫌悪の対象にさえなりうることが多い。自分でできることもできないと言わなければいけないのだろうか。不純なか弱さが美とされる世の中と、相手を弱くすることで満たされるプライドなんて、今年の雪に埋もれてしまえ。

なぜ下から見上げなければいけないのだろう?数ヶ月前、相手の方が年が上だからだろうか、まるで娘か妹にでも接するかのような口調で話してくる男性に会った時は本当に苦痛で、心の中で中指を立てていた。私と、彼の話し方の相性は最悪で、それだけが理由ではなかったのかもしれないけれど、5分もしないうちに嫌な気分になり、その後すぐに連絡を絶った。

クリスマスのことを書きたかったのに、ピカチュウのふゆやすみのビデオとか、シルバニアファミリーとか、思い出せるのはずっと昔にサンタがくれたプレゼントのことだけで、だから、こんなことを書いている。誰かを敵にしたいわけでも味方にしたいわけでもない。

レンジから、ピー、という音。

ある日のこと、知人に、「昨日気になってる人とご飯に行ったんだけど、割り勘でさぁ、まじありえない」と言われた。私は彼女に共感することができなくて、「あぁ、そうだったんですねえ」という曖昧で万能な言葉に逃げ、同意を求められなくてよかった、とホッとした。誰も悪くないし、誰も正しくない。でも、世の中には、男性は十分な収入がないと女性を守れないと思い込み、そして守ってもらいたいと思っている女性は不安になり、壊れる恋愛もあるらしい。一緒にいたければ一緒に居る、それだけじゃない。こんなにもシンプルなのに。

ピンク色の服が似合う人が好きだ。花柄もレースも刺繍も女性だけのものではもったいない。いつからかピンクは女性の色と決められているけれど、そんなことはない。色に性別なんてない。女性も男性もスカートを履いたっていいじゃない。私たちは、初めて触れるものに慣れていないだけだ。決して悪いことなんかじゃない。タコだって、もしも遠い昔の人が食べていなかったら、あんなよくわからない形の生き物、食べようと思わないでしょう。あ、もうすぐクリスマスだから、せめてタコじゃなくてターキーにしておけばよかったかな…。

白い紙の上に点がたくさん散りばめられていて、その横に1から順番に数字が書いてある。1、2、3、と鉛筆で線を結んでいくと、うさぎや鳥が浮かび上がる、幼い頃好きだった遊び。私は、うさぎの形をした線の外側の、目に見えない点でありたい。そこには偏見も常識も、マジョリティもマイノリティもない。線で結ばれることもない。そんな場所は果たしてあるのだろうか。海の底とか宇宙とか?

部屋が少し暖まってきた。明日こそは野菜を買って、シチューを作って、そしてこの間買った器に盛って、うっとりしよう。東京に雪は積もるだろうか。不純なか弱さや、さっき私が埋めようとしたプライドが、雪解けと一緒に流れていって、海の中で自由になるといいな。

そんなことをふわふわと考えながら食べた茶色い惣菜は、すっかり冷たくなっていた。

うかいことの
92年生まれ。時々食べものを探訪しています。遊びを続けよう!
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TTC(食べ物探訪クラブ) @tabemonotanbou