結婚する数カ月前には、私は夫が借りた新居のマンションに入り浸っていて、三年弱ひとりで暮らした隣町のアパートにはもう、ほとんど帰らなくなっていた。洋服が足りなくなってきたのと、そろそろ引き払わなければ家賃がもったいないな、と重い腰を上げてある夜、部屋に戻ってみたら、そこには見たことがない光景が広がっていた。慣れ親しんだはずの七畳のワンルームは青白い闇に沈み、冷え切っていた。カーテンもベッドカバーも読みかけの本もコンロに載ったままのやかんもなにもかもしっとりと命を失っていることに、私はショックを受けた。電気はすでに止めていたから、携帯のライトをかざして必要なものだけひっつかむと、逃げるように部屋を後にした。通りに飛び出してもまだ心臓が鳴っていた。夜の商店街を駅に向かって歩き出した。その頃は美容院の二階に住んでいた。ガラス張りの美容院を横切らないと、中に入れないところが気に入って借りた。「男はつらいよ」が好きで、柴又に気まぐれに現れるなり和菓子屋さんの二階にひょいと上っていく寅さんに憧れて、ひとりで暮らすなら商店街の商店の中と決めていたのだ。もう、商店街に住むことなんて一生ないんだろうな、と思いながら、連なるシャッターの前を足早に通り過ぎていった。ばかばかしい雑貨で部屋を飾ることも、会社の先輩にめぐんでもらったお下がりのスカーフをつないでカーテンにすることも、友達と夜通ししゃべることも、コンビ二でカップラーメンを買ってレジ横でお湯を注いで一分後に帰宅するなり玄関に入ってすぐの流しにお湯を捨てて一気にすするようなことも、もうないのだろうな、と思ったら、涙が溢れてきた。マリッジブルーというのではない。なにもかも手探りの三年間だった。お金もないくせに仕事はころころ変わり将来は定まらず、いつも不安だった。しょっちゅう部屋の隅で膝を抱えてしょんぼりしていたけれど、たっぷりと自分にかまけていられる季節だった。冷え切ったあの部屋が自分の抜け殻みたいに思えた。寅さんがなんで就職も結婚もしないのか、初めて理解出来た。こんなにあっさりと手を離してしまっていいのだろうか。今すぐに引き返して、あの暮らしを取り戻したかったが、振り向く勇気がなかった。商店街の街路樹からは花の香りがこぼれて、冷たい夜気にそれは優しく溶けていった。もう冬も終わりなのだな、と思ったら、本当に涙が頬を伝った。

もう十年も昔のことである。私はその後、夫と三度引越しをするのだけれど、いずれも商店街のすぐそばの住居だった。夫が仕事に出かけてしまうと思いの外、一人の時間は長い。新婚当時、扇風機を買うお金がなくて、百均で風鈴を買ってしのいだことがある。ばかばかしい雑貨は増え続け、夫の好む鉄道グッズも合わさってさらに混沌としている。子供が生まれてもなお、泊まりに来てくれた友達と明け方までしゃべるし、コンビ二で見つけた妙なラーメンをドキドキしながら食べることもしょっちゅうだ。四十歳が見えてきたというのに思い描いていた姿にはほど遠く、しょっちゅう落ち込む。ただ、落ち込んだまま家事や仕事をちゃきちゃき進めるくらいには図太くなった。自由になるスペースは多少減ったかもしれないけれど、私の精神はあの小さな部屋で膝を抱えていた時とほとんど変わっていない。

ちなみにあの街路樹はハナミズキらしい。この間、あの商店街で暮らしている年配の友人に尋ねたらそう教えてくれた。ハナミズキの開花は四月下旬だから、あれが冬だと思い込んでいたのは勘違いで、私が泣きながら商店街をとぼとぼ歩いていた頃は、もうとっくに春になっていたのだ。部屋があまりにも冷え切っていたから、てっきり二月くらいだと思い込んでいた。絵になる思い出というのは、いつも都合良く捏造が入ってしまうものらしい。終わりなんてそうそうない。いつだって続きがあるだけなのだ。

柚木麻子
1981(昭和56)年、東京都生れ。2008(平成20)年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に 『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『その手をにぎりたい』『奥様はクレイジーフルーツ』『Butter』『さらさら流る』などがある。