今回は『伊藤くんA to E』の映画化を記念して、原作作家の柚木麻子さんにインタビューをさせていただきました。

──この作品を書こうと思われたきっかけを教えてください。

『伊藤くん A』に登場する鞄屋さんで働いている島原智美さんにはモデルがいて、私は1度も会ったことがないんですが、彼女を5、6年振り回していた男がいたんです。それがまさに『伊藤くん A』のお話でした。『伊藤くん A』にはうだちんという智美の親友が出てくるんですが、まさにああいう感じで私も彼女から話をずっと聞いていたんです。私は話を聞きながら、「うわぁ〜そいつ本当に嫌だ〜」とか、「その『伊藤くん』がひどい目にあえばいいのに」とずっと思っていて、それで思い余って小説に書いてしまったんです。笑 

だから最初は『伊藤くん A』と『伊藤くん B』までが伊藤くんのお話の全てでした。本当は『伊藤くん C』は全く違う話として別で書いていたんですが、途中で伊藤くんのお話をもっと長くできないかというお話があって、『伊藤くん C』を合わせて『伊藤くん D』『伊藤くん E』ができました。特に『伊藤くん E』は最初とは全く違う話になっていて、最初はコミカルでちょっと笑えるようなハッピーエンドなお話だったんです。でも、『伊藤くん A』のモデルになった女性に「伊藤はもっとモンスターだと思う。もっとちゃんと闇を書いて」と言われたので、急きょ書き直してああいうラストになりました。彼女が「伊藤くん」に振り回されて、すごく時間を無駄にしたと言っていたのですが、私は彼女が振り回された時間も、私が彼に苛立っていた時間も無駄ではないと思いたくて。そういう気持ちを書こうと思ったことがこの作品を書くきっかけでした。

──伊藤くんという1人の男性を通してつながっていく女の子たちの描写がとても素敵でした。特に『伊藤くんA』と『伊藤くんB』に登場する女性2人が出会う瞬間はとてもロマンティックで、お互いがお互いに一目惚れをした瞬間を目撃したような印象を受けます。

そう言っていただいてとても嬉しいです。私の人生哲学として、今過ごしている無駄だと思うような時間も、ひょっとして誰かと、たとえば全然違う女性と表裏一体になっていて、自分が表だとしたら、その裏の女性と目が合った瞬間に昇華されるものなのじゃないか、というのがあって。
『伊藤くん A』のモデルになった人が「伊藤くん」と過ごした時間は本当にどんよりしたものだったし、話を聞いていた私までどんよりとしていました。彼女は時間を無駄にしたって言うけれど、そんな女性に惹かれている女性もたくさんいるはずだと思ったんです。私もずっと「伊藤くん」の話を聞かされて時間を無駄にしたように思っていても、私がこの話を小説にしたら面白いと言ってくれる人がいるのかもしれないと思いました。なので、このくだらない経験がどこかの別の女性のいい経験として生きるかもしれない、これもプラスに活かせるのかもしれない、と考えたときに、島原智美とは正反対の野瀬修子という女の子が出てきました。

──『伊藤くんC』と『伊藤くんD』に登場する親友同士のふたりが仲違いをしてしまっても最終的にはお互いのことが忘れられず、自然とお互いを想ってしまう描写にとても惹きつけられました。また女性が女友達を男に取られたくない、と思う描写にもとても共感しました。こういった想いを描かれることについても伺いたいです。

私も親友に彼氏ができた時は寂しい思いをしたし、逆もすごくあったと思うんです。「私が彼氏だったらもっと大事にするのに」みたいな複雑な気持ちもあったりして。でもそういうときってやっぱり自分に自信が持てていない時期なんですよね。
今だったらたぶん伊藤くんは私みたいな女と目が合っても絶対にそばに寄ってこないと思います。伊藤くんは自信がなくて、先のことがわからず不安になっているような真面目な女の子が好きなんですよ。
でも実際20代前半で社会人としてまだまだで、お金や時間もそう自由にならなくて、先が全く見えないような時期に伊藤くんのような人に関わってしまうとすごく振り回されてしまうんですよね。なので、この子たちが悩んでいるのは実は伊藤くんのことというより仕事のことなんです。この子たちはまだ人生の主軸が分からないし、何が好きで何が嫌いかということもよく分かっていない。そういう時期をどう乗り越えるかということを書きたい気持ちがありました。なので、そういう時の彼女たちの鏡のような存在が伊藤くんです。自分からは何もしないし、できない。それが自分にある部分に似ているから、みんな伊藤くんから目が離せないんです。

──決して誰にも傷つけられないまま高みにいる伊藤くんは「本当」の勝者なのではないか、というふうに考えることができるようにも思います。これからの伊藤くんの人生はどういったものになっていくのでしょうか。

たしかに伊藤くんは勝者と捉えることもできて、特に映画を見ると岡田将生さん演じる伊藤くんが格好良すぎて最後に「伊藤くんの理論もあながち間違ってなくて、正しいんじゃないか?!」って思っちゃうところがあるんですよ笑
でも、伊藤くんが今後どうなっていくかというと、伊藤くんは今後、この経験を経て、同年代の女性とは絶対に触れ合わなくなります。それで本屋の店長や塾の講師をしながら、女子高生とだけ付き合うようになります。女子高生でも勘のいい子や大人びた子は伊藤くんなんて相手にしないので、クラスのはぐれもので、不安そうで、どこかに自分の居場所を探しているような、15、6歳の女の子に次々と手を出すようになります。でもその15、6の女の子もいつか目が覚めるのできもいと言われたら、あっという間に逃げていく、みたいなことを繰り返すと思います。
クズケンはこれからどんどん格好良くなるんですけど、伊藤くんは今後どんどん容色も衰えるので、どんどんしょぼくれたおっさんになっていきます。

そして、伊藤くんが傷つかないところを見つけた結果どうなっていくかというと伊藤くんは子供と付き合うようになり、ロリコンになっていきます。そしてそれもそう長くは続かない。だから傷つかないのって勝者じゃないのかという意見もあると思うんですが、自分を絶対に傷つけない相手を探すとなると、対象が弱いものや子供に向かっていくので、絶対に傷つかないということはやっぱり最終的に犯罪に向かっていくんですよね。だからそれは全くいいことでもなんでもないんですよ。でも今の子供も頭が良いですから、付き合うまでいかないときに伊藤くんが子供に逃げられるとか、そういうものも書いてみたいなと思います。私は伊藤くんの生き方を全く肯定していないです。伊藤くんになるくらいだったらこんなことやっていて意味があるのかなと思っても、やらないといけないことはやったほうがいいな、とかそういう気持ちです。

もう私は伊藤くんに対して苛立っていないんですよ。20代のころは伊藤くんみたいな人がいると「何か作品を発表したらすぐ批判してやる!」と思っていたら作品を発表しない、とかですごくイライラしていて、「失敗すればいいのに」と思っていたんですけど笑 今は腹も立たなくなってきているので、私も年を取ったんだなと思います。

──お話を聞いていて柚木さんがツイッターをされていた際にまとめられていた「文化系説教ジジイにモテない方法」を思い出しました。

まあそうですね。文化系説教ジジイです。伊藤くんは文化系説教ジジイになるんです。年下の女に説教してどうこうって人には本当に全員気をつけたほうがいいです。でもとにかく彼氏がいなきゃいけない文化ってありますよね。文化系説教ジジイでも男は男だし…って思うかもしれないけれど、絶対やめたほうがいいと思います。

柚木麻子
1981(昭和56)年、東京都生れ。2008(平成20)年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に 『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『その手をにぎりたい』『奥様はクレイジーフルーツ』『Butter』『さらさら流る』などがある。

映画「伊藤くん A to E」公式サイト 1.12(Fri)ROADSHOW

Tsukasa
Sister Magazine、Scarlet & Juneを運営しています。
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前回Scarlet&Juneで行った柚木麻子さんへのインタビュー「女性を描き続ける小説家 柚木麻子さんにインタビュー」も合わせてお楽しみください。